相田みつをの名言

【 相田みつをの名言 】
 
ぐちをこぼしたっていいがな!
弱音を吐いたっていいがな!
人間だもの!
 
 
 
(1)
 
あなたの
心がきれいだから
なんでもきれいに
見えるんだなあ
 
 
(2)
 
七転八倒
つまづいたり
ころんだりするほうが
自然なんだな
人間だもの
 
 
(3)
 
一生勉強
 
一生青春
 
 
(4)
 
私がこの世に
生れてきたのは
 
私でなければ
できない仕事が
何かひとつこの世に
あるからなのだ
 
 
(5)
 
そのうち
そのうち
べんかいしながら
日がくれる
 
 
(6)
 
ぐちをこぼしたって
いいがな
 
弱音を吐いたって
いいがな
 
人間だもの
たまには涙を
みせたっていいがな
生きているんだもの
 
 
(7)
 
だれにだって
あるんだよ
ひとにはいえない
くるしみが
 
だれにだって
あるんだよ
ひとにはいえない
かなしみが
 
ただだまっている
だけなんだよ
 
いえば
ぐちになるから
 
 
(8)
 
あのときの
あの苦しみも
あのときの
あの悲しみも
 
みんな肥料に
なったんだなあ
 
じぶんが自分に
なるための
 
 
(9)
 
いいですか
いくらのろくても
かまいませんよ
たいせつなことは
いつでも前をむいて
自分の道を歩く
ことですよ
 
 
(10)
 
『当たってくだけろ』
かけ声は勇ましいけれど
かけ声をかける当人は
当たりもくだけも
しねんだよなあ
 
 
(11)
 
いまここで
ぶつぶつと不満や
弁解をしながら生きるか
 
いまここを、
生き生きはつらつと
いのちいっぱいに
光りかがやいて生きるか
 
それをきめるのは
いまここの自分
 
 
(12)
 
長い人生にはなあ
どんなに避けようとしても
 
どうしても通らなければ
ならぬ道てものが
あるんだな
 
そんなときはその道を
黙って歩くことだな
 
愚痴や弱音を吐かないでな
黙って歩くんだよ
ただ黙って
 
涙なんか
見せちゃダメだぜ!
 
そしてなあ
その時なんだよ
 
人間としての いのちの根が
ふかくなるのは・・・・・
 
 
(13)
 
人間はねぇ欲望のかたまりだな
 
 
(14)
 
小さい時から(子供に)
負ける練習をさせておけば、
成人してから負けに強い
人間になれます。
 
失敗してもヘコたれない
たくましい人間に
なれるはずです
 
 
(15)
 
何をやっても
思うようにならない時
上にのびられない時に
根は育つんだから
 
 
(16)
 
アノネ
親は子供を
みているつもりだけれど
 
子供はその親を
みているんだな
 
親よりもきれいな
よごれない眼でね
 
 
(17)
 
かんのんさまがみている
ほとけさまがみている
みんなみてみている
ちゃんとみている
 
 
(18)
 
自分が自分にならないで
だれが自分になる
 
 
(19)
 
あってもなくてもいいものは、
ないほうがいいんだな
 
 
(20)
 
うそはいわない
人にこびない
人のかげぐちはいわぬ
わたしにできぬことばかり
 
 
(21)
 
人の為と書いて
偽りと読むんだよな
 
 
(22)
 
がまんをするんだよ
がまんをするんだよ
くやしいだろうがね
 
そこをがまんをするんだよ
 
そうすれば
人のかなしみや
くるしみが
よくわかってくるから
 
 
(23)
 
あなたがそこに
ただいるだけで、
その場の空気が明るくなる。
 
あなたがそこに
ただいるだけで、
みんなの心がやすらぐ。
 
そんなあなたに私もなりたい
 
 
(24)
 
人生において
最も大切な時
 
それはいつでも
「いま」です
 
 
- 相田みつをさん -
 
 
 
 
■ 没後20年以上たっても色あせない言葉の力がすごい!
 
 
今回は、相田みつをさんの名言を集めさせていただきました。相田みつをさんが亡くなられてからすでに20年以上の月日が経過していますが、残された素晴らしい言葉の人気は衰えることを知りません。
 
 
私の周囲でも会社の社長さんなど相田みつをさんが残した言葉を座右の銘にされている方は沢山いまして、自然と人から人へと伝えられ、その言葉の持つ輝きが年々大きくなっているように思えてなりません。
 
 
やはり、書家・詩人として不遇な時間がながかったことから、生きることへの思い、仕事への思い、人への思いがとてつもなく大きくなり、それが人を感動させるのでしょうね。
 
 
 
 
■ 夢を追い続けるも生活苦に苦しんでた!?
 
 
相田みつをさんの作品の魅力といえば、なんといってもあの独特の文字ですよね。一番最初に相田みつをさんの作品を見たときにピカソの絵をみたときのような衝撃を受けました。しかし、書家として活動されいてたときは、文字を崩すことなく、正統派のスタイルで作品作りに取り組んでいました。
 
 
事実相田みつをさんが30歳(1954年)のときに毎日書道展に入選し、それから7年連続で入選しています。とはいっても書家としての活動だけでは収入が非常に少ないうえに、育ち盛りのこどもが二人もいたので生活するのが本当に大変だったようです。
 
 
言葉は悪いですが、書家として稼げるようになったのは50歳を過ぎてからのようで、個展を開いてそれなりの収益があげられるようになり、そこからさらにコツコツ頑張って、あの独特のスタイルを生み出し、ファンが一気に増えていきます。
 
 
 
 
■ 60歳をすぎて遂に大ブレイク!
 
 
相田みつをさんが60歳(1984年)のときに出版された詩集「にんげんだもの」が200万部を超える大ベストセラーとなって、一躍時の人となります。二冊めの詩集「おかげさん」も大ヒットしますが、1991年に脳内出血で突如この世をさります。
 
 
やっと成功したにもかかわらず、たった7年間しか成功の余韻に浸ることが出来なかったんです。やっぱり人生楽しめるときに楽しまなければダメですね。ちなみに今回強く心に響いた言葉はダントツで(7)番です。
 
 
これまで沢山のことをあきらめながも、書家、詩人として一生懸命日々の仕事に取り組んできたからこそ、このような素晴しい詩が書けるのだと思います。