使命を自覚、持つ人間…(加藤秀視氏)

誰だって、失敗も挫折も味わいたくない。

ちっぽけなプライドかもしれないが傷つき、
信じてきたものが叩き割られ、自己評価が地に落ち、
「自分ってこんなにダメだったのか」と、心がえぐられる。

正直、あの痛みは何度経験しても慣れない。

だけど、皮肉なことに
人生の“本番”は、地面に叩きつけられた後から始まる。

順調な時、人は“自分のため”だけでもある程度は前に進める。多少の成功も称賛も、運によって転がり込んでくることもある。

でも、本当の分岐点が訪れるのは、
成功の時じゃない。

何も持てなくなった気分になるような
自分なりの“どん底の時”だ。

味方がいない。
手応えもない。
出口も見えない。
自分への信頼すら消えかける。

そんな時、もし“自分のため”だけで生きていたら
人は簡単にへし折れるんだろう。

逆に、そこから立ち上がれる人は決まっている。

“誰かのため”“何かのため”を背負っている人だ。

金でも名誉でも夢でもない。
傷だらけの身体をもう一度立たせるのは、

「守りたい人がいる」
「救いたい人がいる」
「勝たせたい人がいる」
「もう二度と同じ思いをさせたくない」

そんな“他者への強いコミットメント”だ。

だから俺は言い切れる。

失敗や挫折は、才能の選別じゃない。
“使命を持つ人間かどうか”を選別する瞬間だ。

痛みの中でも、暗闇の中でも、
まだ一歩を踏み出そうとする者だけが、
本当の使命に触れられる。

使命とは、成功の先で見つかるものではなく、
傷ついた先でしか見つからない。

何度転んだかは関係ない。
転んだ後、

「誰のため、何のために立ち上がるのか」

これが人生を分ける。

そこを乗り越えた瞬間、
人は“本物の生き方”を知る。

押忍