【今日の名言】相田 みつを(詩人)
雨の日には雨の中を 風の日には風の中を
名もない草も実をつける いのちいっぱいの花を咲かせて
だれにだってあるんだよ ひとにはいえないくるしみが だれにだってあるんだよ ひとにはいえないかなしみが ただだまっているだけなんだよ いえばぐちになるから
あなたがそこにただいるだけで、その場の空気が明るくなる。あなたがそこにただいるだけで、みんなの心がやすらぐ。そんなあなたに私もなりたい。
柔道の基本は受身 受身とは投げ飛ばされる練習 人の前で叩きつけられる練習 人の前でころぶ練習 人の前で負ける練習です。
背のびする自分 卑下する自分 どっちもいやだけど どっちも自分
あのときの あの苦しみも あのときの あの悲しみも みんな肥料になったんだなあ じぶんが自分になるための
澄んだ眼の底にある 深い憂いのわかる人間になろう 重い悲しみの見える眼を持とう
セトモノとセトモノとぶつかりっこすると すぐこわれちゃう どっちかがやわらかければだいじょうぶ やわらかいこころを持ちましょう
他人のものさし 自分のものさし それぞれ寸法がちがうんだな
その根っこは見えない その見えないところに大事な点がある
七転八倒 つまづいたり ころんだりするほうが 自然なんだな 人間だもの
負ける人のおかげで 勝てるんだよな
あたらしい門出をする者には 新しい道がひらける
おまえさんな いま一体何が一番欲しい あれもこれもじゃだめだよ いのちがけでほしいものを ただ一ツに的をしぼって言ってみな
感動いっぱい、感激いっぱいのいのちを生きたい
一生勉強 一生青春
受身が身につけば達人 まけることの尊さがわかるから
そのうち そのうち べんかいしながら日がくれる
毎日毎日の足跡が おのずから人生の答えを出す きれいな足跡には きれいな水がたまる
やり直しのきかない人生 待った無しの命
待ってもむだな ことがある 待ってもだめな こともある 待ってむなしき ことばかり それでもわたしは じっと待つ
ぐちをこぼしたっていいがな 弱音を吐いたっていいがな 人間だもの たまには涙をみせたっていいがな 生きているんだもの
その人の前に出ると 絶対にうそが言えない そういう人を持つといい
私がこの世に生れてきたのは 私でなければできない仕事が 何かひとつこの世にあるからなのだ
あなたの心がきれいだから なんでもきれいに見えるんだなあ
なやみは つきねんだなあ 生きているんだもの
人生において 最も大切な時 それはいつでも いまです
毎日少しずつ それがなかなかできねんだなあ
いいですか いくらのろくてもかまいませんよ たいせつなことはね いつでも前をむいて 自分の足で 自分の道を歩くことですよ
花を支える枝 枝を支える幹 幹を支える根 根は見えねんだなあ
身からでたサビだなあ 身に覚えがあるよ
無理をしないで なまけない私は 弱い人間だから
トマトにねぇ いくら肥料をやったってさ メロンにはならねんだなあ
わたしは、人間のほんとうの幸せとは「充実感のある生き方」だと思っています。
しあわせはいつも じぶんのこころがきめる
夢はでっかく 根はふかく
何をやっても思うようにならない時 上にのびられない時に 根は育つんだから
アノネ 親は子供を みているつもりだけれど 子供はその親をみているんだな 親よりも きれいな よごれない 眼でね
あってもなくてもいいものは、ないほうがいいんだな。
やれなかった やらなかった どっちかな。
善悪、大小、かねの有る無し、社会的な地位の上下などという、人間の作った相対的な価値観を 一切やめてみることです。
自分が自分になりきるということは、いま、ここの、自分のいのちを完全燃焼して生きることです。与えられた今日のいのちをイキイキはつらつと生きる。それが仏様の教えだと私は受け止めております。いいことはおかげさま。わるいことは身から出たさび。この自我、この我執をどう運転してゆくか。それが人生ではないかと私は思っております。そして、その一生の運転手は自分です。
とにかく具体的に動いてごらん…。具体的な答が出るから。
どのような道を歩くとも、いのちいっぱいに生きればいいぞ。
自分の心のどん底が納得しているかどうか。そこが大事。
外灯というのは人のために つけるんだよな わたしはどれだけ 外灯を つけられるだろうか
※12月17日は相田みつをの命日(1991年)です。
