帰ってくるな

『帰ってくるな』
高校を中退し、料理の世界に入った。
高校を辞めるときは、
親父と殴り合いのケンカをした。
「二度とそのツラ見せんな!」
半分勘当されたような状態になった。
悔しくて、住み込みで働きながら、
必死に料理を覚えた。
右も左もわからなかった俺は、
コテンパンにしごかれた。
何度も辞めて帰ろうとしたが、
その度親父の言葉を思い出し、
思いとどまった。
ーーー俺には帰る場所はない。
後ろに道はない。ーーー
だから、必死になって
食らいついていた。
8年経った頃には、ひと通りこなせる
ようになり、店長を任された。
店長としての初日、8年ぶりに
親父に会った。
社長が俺の両親に連絡を入れて
いたらしい。
親父は、相変わらずぶっきらぼうで
「おまかせで、
なんか適当に出してくれ」
なんて言っていた。
「はい。かしこまりました」
と返事をして
自分が一番すきな、
手の込んだ料理コースで出した。
親父は母さんと一緒に黙々と
食べていた。
「上手い」
とも言わず、帰り際に
「じゃあな」
と一言。
あっさり帰っていった。
こんなものか。
少しがっかりした。
後日、母さんから手紙が届いた。
「先日はどうもごちそうさまでした。
とても美味しかった。
店長就任も素晴らしいね。
心から、祝福しています。
お父さんは、あの性格だから
貴方には何も言ってないと思うけど
社長さんから連絡もらったとき、
すごく上機嫌で
何を着て行こうかって、
うるさかったのよ。
それから帰り道、泣いていたわ。
あんな上手い料理食べたのは
初めてだって。
よかった…よかった…って。
たまには顔を出しなさいよ。
本当は、
ずーと心配していたんだから。
お父さん、
あなたが働いているお店の前を

〝ドライブ行こう〟
って言って、何回通ったことか…。
お母さんもそうだけど、
あなたのことを一日だって
考えなかった日はないんだから。
またお店にも食べに行くからね。

母より」
涙が止まらなかった。
高校を中退した俺が、
仕事でも逃げ帰ってくるんじゃ
ないかと心配し、
あえて突き放してくれたんだ。
ありがとう。
お父さん。お母さん。