あけましておめでとうございます🎍

今年もよろしくお願い致します。

今日は、日本の武士道について…

『 マレー沖海戦――武士道が世界に示された日 』

武士道とは何か。

それは単なる「勇ましさ」でも、「戦う精神」でもありません。

嘘をつかず、卑怯を嫌い、たとえ敵であっても敬意を失わず、最後の瞬間まで、人として誠実であろうとする生き方です。

この精神は、剣を持つ武士だけのものではなく、日本人の心の奥底に流れ続け、商いにおいては「信用」を命とし、日常においては「恥を知る」生き方を育んできました。

そしてその武士道は、あの過酷な戦争のただ中においても、確かに、生きていたのです。

1941年12月10日。

大東亜戦争開戦から、わずか二日後。

マレー半島東方沖で、日本海軍航空隊と英国が誇る東洋艦隊が激突しました。

「マレー沖海戦」です。

当時、世界の常識はこうでした。

「航空機で、機動中の戦艦を沈めることは不可能」

しかし、日本はその“不可能”を現実にしました。
世界で初めて、航空機によって戦闘行動中の戦艦を沈めたのです。

撃沈されたのは、英国が世界に誇った最強戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、そして巡洋戦艦レパルス。

この一戦で、海戦の歴史は根底から変わりました。
戦艦の時代は終わり、航空機の時代が始まりました。

それを世界に突きつけたのが、日本でした。

しかし、この戦いが語り継がれるべき理由は軍事的勝利だけではありません。

日本の航空隊は、限られた機数で、世界最強と謳われた艦隊に挑みました。

激しい対空砲火の中、多くの機が傷つき、帰らぬ仲間も出ました。

命を懸けた戦いでした。

やがて、レパルスが沈み、プリンス・オブ・ウェールズも致命的損傷を受けます。

その時、英国艦隊司令長官トマス・フィリップス提督は、日本側に電文を送ります。

「乗員を退艦させる。30分、時間を与えてほしい」

敵に、時間を乞う。
それは、命を守るための必死の願いでした。

日本の航空隊は、この要請を受け入れました。

攻撃を止め、上空で旋回しながら、ただ、待ったのです。

燃料が減る恐怖も、敵機が来るかもしれない危険も承知の上で。

それでも、待った。

なぜか。

それが、武士道だったからです。

戦いには勝つ。
しかし、逃げる者を討たず、抵抗できぬ者を殺さず、命ある者には、生きる道を与える。

それが、日本人の戦い方でした。

多くの英国兵が救助され、命をつなぎました。

そして、全員の退艦を見届けた後、トマス提督は、ただ一人、艦に残りました。

海の男として、艦と運命を共にする――
その覚悟を、日本の航空隊は見逃しませんでした。

日本の航空機は、上空で全機整列し、一機、また一機と、艦の前を通過しながら最敬礼を捧げたのです。

敵将に対する、最大限の敬意として。

トマス提督もまた、デッキの上で、最敬礼で応えました。

敵も、味方もない。
そこにあったのは、誇りある人間同士の、静かな魂の交差でした。

さらに翌日、一機の日本機が再びその海域を訪れます。

低空で飛び、海面に花束を投下し、何も語らず、去っていきました。

敵味方を超え、同じ海に生き、同じ海に散った者たちへの弔いとして。

これが、武士道です。

力を誇るためではなく、勝者が驕るためでもなく、人としての道を、最後まで貫くこと。

私たちは、この精神を忘れてはいけません。

勇敢に散っていった英霊たちに感謝し、その生き様に恥じぬよう、今を生きる私たち自身が「ほんとうの日本人」として立ち返る時が来ているのではないでしょうか。

マレー沖海戦は、単なる戦史ではありません。

それは、武士道が、世界に示された瞬間だったのです。