【魚】
釣れないときは、魚が考える時間を与えてくれたと思えばいい。(ヘミングウェイ)
機会はどの場所にもある。釣り針を垂れて常に用意せよ。釣れまいと思う所に常に魚あり。(オウィディウス)
一本の木の中で、風に吹かれて全く同じそよぎ方をする葉はない。ひとつの群れの中で同じ泳ぎ方をする魚もいない。全く同じ人生を送る人もいない。(ヘーゼルデン財団)
死魚は流れのままに流されるが、活魚は流れに逆らって泳ぐ。(内村鑑三)
経営者はもう少し、漁師の精神を学ばなければいけない。漁師は釣れなければ、狙う魚を変え、道具を変え、場所を変える。いつも同じところにじっとしていて、「魚がいない」と嘆いているだけではダメだ。(飯田亮)
魚は水に飽かず、魚にあらざれば、その心を知らず。鳥は林を願う、鳥にあらざれば、その心を知らず。(鴨長明)
流れに沿って泳ぐのは死んだ魚だけだ、ということを決して忘れないように。(マルコム・マゲリッジ)
魚は餌だけを見て釣り針に気がつかない。人間は儲けだけを考えて危険に気がつかない。(中国のことわざ)
2人の弁護士に挟まれた田舎者は、2匹の猫に囲まれた魚のようだ。(ベンジャミン・フランクリン)
あきらめず、へこたれず、まず魚になるまで、水かきがつくまで泳ぐことだ。(古橋広之進)
小骨のない魚がないように、欠点のない人間もいない。(ドイツのことわざ)
野菜も魚も「旬」というものはなくなったのである。古人は「時ならざるは食わず」といったのに、時でないのに食って私たちは最も大事なものを失って、失った自覚さえなくて、グルメだのグルマンだのと得意なのである。(山本夏彦)
「いただきます」は、食事の挨拶として大切な言葉。肉も魚も穀物も、すべて他の命の犠牲の上で自分が生きていることを感謝しながら、言いましょう。これが言えるからこそ、人間です。(美輪明宏)
魚は群魚に異ならんと欲し、水を捨てて岸に躍れば即ち死し、虎は群虎に異ならんと欲し、山を捨てて市に入れば即ち捕わる。(『関尹子』)
さかなひと切れ
胡瓜わかめ 酒すこし
私の今日が終わる
これが一生の
終わりであってもよろしい(榎本栄一)
魚に泳ぎを教えることはできない。(西洋のことわざ)
思いやりは誠実や人間関係の基本である。人間だけでなく、動物、魚、鳥、木、全ての生き物への愛があるということである。(ラム・ダス)
恋人も作らずに女を知ろうなどというのは、ちょうど釣り人が糸を振り回しただけで、魚を知った気になるようなものである。(ジュール・ルナール)
水清ければ魚なし、人智明なれば友なし。朋友を容るるの度量は広くして聊か漠然たるを要す。(福沢諭吉)
君知らずや、人は魚の如し、暗らきに棲み、暗らきに迷ふて、寒むく、食少なく世を送る者なり。(北村透谷)
最後の木が死に、最後の川が毒され、最後の魚を獲り終えた時に、人はようやく、お金は食べられないということに気づくのだ。(北米先住民クリー族の言葉)
魚は頭から腐る。(ロシアのことわざ・格言)
魚はより深き所を求め、人間は、より良き所を求める。しかしながら、人間は時によって、其処がより良くはなくして、より悪く、極めて悪い所であるのに十分気づきながら、より深い所を求めることがある。(シェストフ)
そして私は 今日から 明日という餌に 食いつこうとしている 一尾の魚(塔和子)
女性の慈愛は、キリストが二三のパンと魚を群衆に食べさせた奇跡を日々繰返す。(ルグーヴェ)
個々の魚は自分を取り巻く少量の水の動きに注意を払っているだけだが、
触覚が群れの全員をつなぎ、協調された全体としての動きを可能にしている。目の見えない魚でも群れることができる。(エド・ヨン)
人は本来、物質的自然の中に住んでいるのではなくて、魚が水の中に住んでいるように、心の中に住んでいます。(岡潔)
林深ければ鳥棲み、水広ければ魚遊ぶ。(『貞観政要』)
学ばずして智を求むるは、なお魚を願うに網なきがごとし。 (『金言童子教』 )
魚ってのは、潮の香りがしなきゃいけない。魚の臭いがしたら、もうおしまいだ。(オスカー・ジゼルト)
