【 吉田沙保里の名言 】
33年間のレスリング選手生活に、
区切りをつけることを
決断いたしました!
(1)
オリンピックというのが夢から
目標に近付いたという
感じですかね
(2)
小さい時の思いと
今の思いは全然違います。
自分でやらなくてはいけない。
レスリングは
やらされている
のではなくて、
自分からやっている
という感じです
(3)
うまくいかない時に
他人や環境のせいにする人間は
幸福にはなれません
(4)
勝ちたいという
感情ですら「邪念」
(5)
「練習場に何をしに来たのか!」
を自分に問いかけながら
練習に取り組む
(6)
常に全力でやる!
集中して一生懸命やる!
(7)
プレッシャーは
勝ちたければ勝ちたいほど
強く持つもの
(8)
ハングリー精神。
勝負の世界で
最後にものをいうのは
これです。
実力が拮抗していたら、
勝ちたいという気持ちに
飢えているほうが
絶対に勝ちます。
(9)
カワイイ
外国人選手と戦う時は
集中力が上がりますね。
『こいつ、何でこんなに
カワイイんだ』って。
すぐに倒したくなります。
燃えてきますね。
『ブン投げてやる』って
(11)
人生は一回きり。
叶えたい夢、
なりたい目標を持たないと
楽しくないじゃ
ないですか!
(12)
挑戦してみて
本当にダメなら、
またその時に考えればいい。
(13)
目標や夢は、
早い内からあると
チャンスが広がります。
目標を決めたら
わき目もふらず、
進んでいく
最後まで諦めない
人になってください
(14)
私、勝負に対しては
厳しいですよ。
ずっとそうやって
生きてきましたから。
(15)
どんなときも
絶対に勝つんだという
強い気持ちを
持ち続けなければ
なりません。
それ以外の
遠慮や優しさは、
マットの上では必要ない、
というか、
はっきりいって
邪魔なだけです。
(16)
私もものすごい
負けず嫌いですよ。
日常生活でも
負けるのはイヤ。
たとえ
じゃんけんだって
負けたら
「クソ-、もう一回」
って勝つまで
やります。
勝負事は
絶対に勝たないと
気がすまないんです。
(17)
私は勝ち続けることで
成長したんじゃなく、
負けて強くなって
きたんです
(18)
何かを成し遂げようと
した時に試練はつきもの。
「もっと成長したい」と、
思ってる人にしか、
試練は与えられない
ものなんです。
(19)
よく、試合後に
負けはしたけれど
強敵相手に善戦できて
満足みたいな
コメントをする
人がいますが、
冗談じゃありません。
勝負は勝たなければダメ。
(20)
女に生まれて良かった。
男だったら
試合で人を殺してた
(21)
試練は生きている限り
何度も訪れるので、
一段一段クリアしながら
試練と友達になって
楽しむことができれば、
きっと大きく成長
できている自分に
気づくはずです。
(22)
(レスリングは)
個人競技ですけど、
仲間と同じ目標に向かって
力を合わせたからこそ、
がんばれたと思います。
(23)
谷亮子選手が金メダルを
取られたのをみて
『私も欲しい』と
お父さんに言ったら、
『金メダルは
スーパーやコンビニで
買えるものではない、
目指して勝ち得るものだ』
と言われて目指し続けた
(24)
33年間の
レスリング選手生活に、
区切りをつけることを
決断いたしました
- 吉田沙保里 -
■ 霊長類最強女子がついに引退へ!
今回は、先日33年間にわたるレスリング選手としての活動にピリオドを打ち、沢山の人たちに惜しまれながら引退した女子レスリングの吉田沙保里さんの名言をまとめさせていただきました。吉田沙保里さんは、1982年10月5日に三重県津市に生まれ、お父さんが自宅でレスリング道場を開いていた関係で、3歳からレスリングを始めます。
吉田沙保里さんは、三人兄弟の末っ子(上に二人の兄がいます)なので、女の子らしく育ってほしいと願うと思うのですが、自身もレスリング選手だったお父さんは、自身が叶えられなかったオリンピックに出場する夢を娘に託します。その期待に応えるように、吉田沙保里さんは、10代で頭角を現します。
世界大会16連覇し、オリンピックではアテネ五輪、北京五輪、ロンドン五輪と3連覇し、国民栄誉賞を受賞しています。あまりの強さに霊長類最強女子とまで言われていたわけですが、残念ながらリオ五輪では決勝で敗れ、4連覇の夢は絶たれました。
■ 東京五輪を目の前にしながら引退を決意!
このとき現役引退を匂わせる報道が多かったのですが、吉田沙保里さんは当時「負けた人の気持ちが初めて分かった」と名言を残し、現役続行を決意します。ですので、てっきり東京五輪まで現役を続けるものと思っていたので、引退すると聞いてショックでした。
先日行われた引退会見で吉田沙保里さんは、「もうすべてをやり尽くした」と、非常にすがすがしい表情で引退にいたる経緯を語っていたので、本当に悔いはないようですね。しかし、東京五輪は来年なので個人的には、あと1年がんばってほしかったです。