乗り越えられないことは神様は用意しない

【 乗り越えられないことは神様は用意しない 】
    
       
もしも僕が神様だったとしたら。
 
日本で生きている、
僕という魂の入った人間に、
どんなことをさせるだろうか。
 
ただ、のんびりと、幸せに、
ふわふわと過ごさせるだろうか。
 
それとも、
魂を鍛え、成長させるためのことを
するだろうか。
 
たぶん、後者を選ぶだろう。
 
そのためには、何をするだろう。
 
たぶん、試練を与えるだろう。
 
ちょっと頑張れば乗り越えられる試練、
すごくがんばれば越えられる試練。
 
間違っても、超えられない
試練は用意しないだろうね。
 
ちょうど、先生が、
テスト問題を作ってるのと
同じ気分かもしれないね。
 
ちょっと引っかけてみたり、
点のとれる問題を用意してみたり、
すごく難しいのを混ぜてみたり、
どこかにヒントを用意してたり。
 
テスト中に
答えを教えるわけにいかない。
別に100点をとらせるのが
目的でもない。
 
でも、生徒が
うんうん悩んで考えて立ち止まって、
「あ!!!」と叫んで
ペンを走らせ始めたとしたら、
先生はにんまりと笑うかもしれない。
 
「わからんわ」
「センセ教えてや」と投げやりで、
「難しすぎるわ」
と文句をいう生徒にはどうするだろう。
 
にやっと笑って
自分で考えるまで待つのかもしれない。
 
全然解けなくても
明るく取り組む生徒には、
「これなら解けるだろ」と、
簡単な問題を出すかもしれない。
 
通りすがりに、ポンポンと
答えを指さしてやるかもしれない。
 
「センセ、ヒントだけください」
といわれたら、ちょっとだけなら
ヒントを出すかもしれない。
 
すべて、成長を期待するから。
 
がんばって、がんばって、
苦労して、工夫して、
魂は磨かれていく。
 
僕が神様なら、
きっとそんなことを楽しむだろうな。
そう思った。
      
           
~ 心屋 仁之助 ~