【“国民教育の師父”が語る】一天地を開くヒント

┌─────────今日の言葉───────────┐

「人間は他との比較をやめて、
ひたすら、自己の職務に専念すれば、
そこに一天地が開けるものである」

——森信三(国民教育の師父・哲学者)

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森信三先生は明治29年、愛知県知多郡に
端山家3人兄弟の末っ子として生まれた。

祖父は第1回国会議員であり、
愛知県会議長を4期16年も務めた地方の名士だった。

だが、先生が生まれた翌年に母が不縁となり去る。

先生は小作農の森家にもらわれた。
養父母は共に律儀で実直な人。
これが救いで、先生終生の感謝となる。

小学校を首席で卒業するも養家の事情で
中学受験を断念、母校の給仕となる。

17歳で愛知第一師範入学。
21歳で卒業、23歳で広島高等師範へ。
ここを27歳で卒業し、28歳で京都大学哲学科入学。

卒業後さらに大学院で5年間学び首席で卒業。
この年齢の嵩みは先生の苦学の軌跡を示すものだが、
結局、京都で職に就けず、母校の広島高師にも迎えられなかった。

先生は住み慣れた京都を離れ、大阪郊外に移り住んだ。
その時、「天地の間にただ一人立つ」の感慨にむせんだという。

端山家から森家の養子となり中学進学を断念したのが
第一の逆境なら、これは第二の逆境だった。

だが、この逆境こそ森信三先生が
その後の人生に一天地を築いていく礎になったのだと思われる。

その森信三先生にこういう言葉がある。

「人間は他との比較をやめて、ひたすら、
自己の職務に専念すれば、そこに一天地が開けるものである。

「すべて人間というものは、たとえ頭脳は大した人ではなくても、
その人が真に自覚さえすれば、一個の天地を開くことができるものです。

だから人間は、世間的な約束事などには囚われないで、
自分のしたいことは徹底的にやり抜くんです。
そうすれば、そこに一つの火が点されます。

いかに長いトンネルでも掘る手を止めねば、
いつかは必ず貫通するようなものです」

人はどんな境遇においても一天地を開くことができる。
森先生の生き方が私たちに教えてくれているのはそのことである。

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