人生を変えるのは、日常の〇〇なこと

「人生は一大事によって変わるものではない。
日々の小さな出来事が思わしくいったか、
いかないかによって決まるものだ」

── ラ・ロシュフーコー(文学者)

・ ・ ・ ・ ・

日本人はもともと、誠実で、
善良な人が大半です。

にもかかわらず、先般問題になった
建築会社の不祥事のように、
社会の各方面で不正や誤魔化しが
絶えない原因を突き詰めていくと、
結果主義というものが根っこにあると
私は考えます。

指導的立場にある人が、自己顕示欲や
自己防衛といった私的欲望に趨(はし)り、
結果さえよければいいという考えで
実績を追求する組織では、もともと
善良だった社員まで道を誤ってしまいます。

そうした組織のあり方を変えていかない限り、
問題が後を絶つことはないでしょう。

人間の欲望は向上心のもとでもあり、
一概に否定することはできません。
大切なことは、その欲望を
どの方向に向けていくかです。

昔の人は、「私」よりも
「公」を優先しました。

貧しい中でも、道普請など公共の仕事にも
当たり前のように参加していました。

しかし現在はすべてを行政に依存し、
それに伴い私的な欲望が膨らむ一方です。

社会の絆が断ち切られ、善良な人までが
悪いほうへ引きずられているように
思えてなりません。

フランスの文学者、ラ・ロシュフーコーは、

「人生は一大事によって変わるものではない。
日々の小さな出来事が思わしくいったか、
いかないかによって決まるものだ」

と説いています。

確かに、私もこれまで命に関わるような
大事件に何度も遭ってきましたが、
意外にもそれによって心が荒れることは
ありませんでした。

むしろ、靴の踵(かかと)を踏まれたとか、
すれ違いざまにぶつかったといった、
日常の些細なことで人は心を荒ませるものです。

心の荒みは人から人へ伝染し、社会を乱し、
人類を崩壊にも追いやる恐ろしい力があります。

一人ひとりが小さなことにも気を配って
公の心を取り戻すことで、この社会から
心の荒みがなくなることを願ってやみません。

「日本人本来のよさが発揮され始めた」より
鍵山秀三郎氏(日本を美しくする会相談役)

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