【立ち読み】 『修身教授録』

「国民教育の師父」と謳われた
森信三先生による
代表的著作『修身教授録』。

教師をめざす学生に向けた
講義にもかかわらず、
「死生の問題」「人生二度なし」など、
本質的かつ簡潔に人生の要諦を
解き明かした教えは、
年齢、性別、職業を超え、
万人の心を打つ不滅の輝きを放ち、
平成元年の刊行以来、
実に41回に及ぶ版を重ね、
現在までに12万部を超える
ロングセラーとなっています。

SBIホールディングス社長の
北尾吉孝氏や
リブセンス社長の村上太一氏、
侍ジャパン監督の小久保裕紀氏など、
愛読書として挙げる著名人も
各界におられます。

本日はその不朽の名著
『修身教授録』に収録されている
内容の一部をご紹介します。

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第3講「人生二度なし」より

そもそもこの世の中のことというものは、
大抵のことは多少の例外が
あるものですが、
この「人生二度なし」という真理のみは、
古来ただ一つの例外すらないのです。

しかしながら、この明白な事実に対して、
諸君たちは、果たして
どの程度に感じているでしょうか。

すなわち自分のこの命が、
今後五十年くらいたてば、
永久に消え去って、
再び取り返し得ないという事実に対して、
諸君たちは、果たしてどれほどの
認識と覚悟とを持っていると言えますか。

諸君たちが、この「人生二度なし」と
いう言葉に対して、深く驚かないのは、
要するに、無意識のうちに自分だけは
その例外としているからでは
ないでしょうか。

もちろん諸君らといえども、
意識すれば、自分をその例外である
などと考えている人は、
一人もないに相違ないのです。

だが同時に諸君は、自分もまた
この永遠の法則から免れないものだと
いうことを、どこまで深刻に
自覚していると言えるでしょうか。

これ私が諸君に向かって
「人生二度なし」と言っても、
諸君がそれほど深い驚きを
発しないゆえんだと思うのです。

要するにこのことは、
諸君たちが自分の生命に対して、
真に深く思いを致していない
何よりの証拠だと言えましょう。

すなわち諸君らが二度とない一生を
この人の世にうけながら、それに対して、
深い愛惜尊重の念を持たない点に
基因すると思うわけです。

ところが諸君らは、
平生何か自分の好きな物、
たとえば菓子とか果物などを貰ったら、
それのなくなるのが、
いかにも惜しいと思うでしょう。

そして少し食べては、
「もうこれだけしかない」とか
「もうこれだけになってしまった」
などと、惜しみ惜しみ
食べることでしょう。

私達は、菓子や果物のように、
食べてしまえば、ただそれだけの物に
対してさえ、なおかつそれほどの
惜しみをかけているのです。

否、うっかりすると、そのために
兄弟喧嘩すら
起こしかねまじいほどです。

しかるに今この世において、
最も惜しまねばならぬ
自分の生命に対しては、
それほど惜しまないといってよいのです。

おそらく諸君たちの若さでは、
今後自分は一体何年くらい
生きられるものかなどということは、
一度も考えてみたことさえないでしょう。

もちろんそれは、普通の常識的な
立場から申せば当然のことであって、
諸君らのような若さにある人が、
そうしたことを考えないのは、
一応いかにも自然であり、
また当然のことだと思います。

しかしながら、
今自分の生命の意味を考えて、
この二度とない人生を、
真に意義深く送ろうとするならば、
諸君らの生活も、おのずとその趣を
異にしてくることでしょう。

すべて物事を粗末にせず、
その価値を残りなく生かすためには、
最初からそのものの全体の相を、
見通してかからねばならぬと思うのです。

したがって今この二度とない人生を、
できるだけ有意義に送ろうとすれば、
われわれとしては何よりもまず
この人生が二度と繰り返し
得ないものであり、
しかも自分はすでに人生の
ほぼ三分の一ともいうべき
二十年近い歳月を、
ほとんど無自覚のうちに過ごしてきた
ということが、深刻に
後悔せられなくてはなるまいと
思うのです。

同時に今後自分の生きていく生涯が、
一体いかなるものでなければならぬか
ということについても、
おおよその見通しが
つかねばなるまいと思うのです。

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読み継がれて41刷。驚異のロングセラー

『修身教授録』より

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